
看板猫がビールケースに座ってお店番をする昔ながらの酒屋さん
東京都杉並区善福寺、中央線西荻窪駅から徒歩15分にある創業48年の大坂屋大塚酒店には、いつも看板猫がいます。大塚酒店の初代店主が猫好きであったことと、修行中に「猫がいるとお店の食品をネズミに食べられることがない」と学んだからだそうです。
江ノ島からやってきた保護猫の江ノちゃんはなんと四代目!こうみえても男の子(おじいちゃん)で、81才の店主と毎日お店にでてお客さんをお迎えし、時には配達も一緒にこなしていました。お店の前を通って通学する子供たちのアイドル、常連客の癒し猫で、毎晩店主と江ノは一緒にテーブルについて晩酌をし、一緒にベッドへ行き、小さな枕に一人と一匹頭を乗せて一緒に寝ます。
2021年2月 初代大塚酒店店主が突然なくなりました
店頭に立つ寂しそうな江ノと悲しみに打ちひしがれ途方に暮れる初代の娘(現二代目店主)に「がんばれ、がんばれ」と作りたてのご飯や果物を届けてくださるご近所の皆さん。通い続けてくれる常連さん。多くの方が、幼少の頃から二代目を知ってくださっている方です。
このお店を閉じてはいけない、この大きな十字路に立つお店の電気を消してはいけない、という思いが芽生えはじめました。毎日涙を流しながら、それでも頭をフル回転させて全く知識のない酒屋の経営に、沈みかけている船に、江ノと二代目は挑むことになりました。
2021年4月 お金が足りない!
住居がアメリカの二代目は、人を雇って酒屋の商売を教育しアメリカに戻らなければなりませんでした。ところが雇用をするには資金が足りない。売り上げを出してお給料を支払うにはどうすればいいか。真面目な初代の人柄に惹かれ通い続けてくれる常連さんがいる酒屋はこのまま残し、新しいビジネスを展開しなくてはなりませんでした。
パンデミックにより在宅勤務をする人が瞬く間に増え、自分で美味しいコーヒーを選んで飲む時代 になったことをうけ、ぜひ私がした美味しい珈琲との出会いと同じ体験をたくさんの方にしてほしいと思うようになりました。
2021年7月 トルコへ焙煎機を発注
ここからの2ヶ月は記憶にないほど目まぐるしいものでした。まずはコーヒー業界の勉強をすべく関東にある老舗のコーヒー屋さんと焙煎豆屋さんをめぐり、スーパーや大手のコーヒー価格調査し、たくさんコーヒーを飲みました。
次に焙煎機の調査です。これが本当に難航しました。時には実物を見るために車を走らせ他県まで行きました。さらに焙煎機をおくための酒屋店内改装計画、予算組み。
そんな中でもお店のコンセプトは最初から決まっていました。あちこちで見る白を基調としたおしゃれなカフェではなく、
酒屋の前掛けである藍色を基調とした、伝統的な和の雰囲気。
杉並区のこの地に48年、基本を忘れず丁寧な仕事をしてきた先代の父。まさに十年一日。そんなお店にぴったりなコンセプトはこれしかないと思いました。そして48年もの間、小さな酒屋へお買い物へ来てくれた善福寺の皆さんへの恩返しをしたい!そんな思いを込めたコーヒー屋さんの名前は、「江ノ屋 善福寺珈琲」
名前が決まると、地元善福寺のみなさんの想いを受け継いだお店を開きたい、という気持ちが日に日に強くなりました。まずはお店のロゴとなる看板猫の江ノのイラストを常連のデザイナーさんにお願いし、ショップカードを作ってもらいました。初代とずっと仲良くしていただいたお客さんには床の色や壁の色を相談し、初代の話し相手になってくださった常連さんにはオープン日のイベントについて沢山のアイデアをいただきました。
こうして 江ノ屋 善福寺珈琲 は開店したのです!
江ノのおいたち
大坂屋大塚酒店の四代目看板猫は、江ノ島からやってきた江ノ。
初代店主は毎年夏になると、定休日の月曜に江ノ島へ釣りに行きました。そこでとっても人懐こい仔猫のキジトラさんに出会います。
漁師さんたちに可愛がられ、新鮮なお魚を美味しそうにほおばり、特にお腹を減らしているようではないのに店主の後を追いかけてきます。帰り支度を始めると車までついてきました。
翌週いつものように江ノ島へ行くと、あの仔猫のキジトラさんがいます! たたたたたたた、と駆け寄ってくる姿はまるで店主を覚えているかのよう。翌週もその翌週も、仔猫のキジトラさんはいました。
江ノ島までの道中、店主と妻の会話はもっぱら「キジトラちゃん、今日もいるかな?」でした。1ヶ月もすると、いよいよ保護する話にまで発展。
この仔猫の面倒を見ている様子の防波堤側にあるお蕎麦屋さんに、いよいよ店主は会いに行く決心をします。そして蕎麦屋のおかみさんに聞きました。
「この猫は、
お蕎麦屋さんの猫ですか?」
お蕎麦屋さんではこの猫の去勢まで面倒を見てくれていましたが、特に飼っているわけではありませんでした。ボランティアでこのそばにいる野良猫たちの面倒を見ているそうです。店主はすかさず聞きました。
「杉並区から毎週釣りにきています。この猫を保護して連れて帰ってもいいですか」
「うちの猫じゃないのでどうぞとも言えないけど、この仔も永遠のおうちができて嬉しいねー。漁師さんたち寂しがるかな」
ということで今度は漁師さんたちに挨拶をし、晴れて大塚酒店の子となりました。ついた名前は
「江ノちゃん」
さて東京に移住した江ノの様子はというと、釣りたてのお魚で育ったからかスーパーのお刺身を全く食べません。もっぱらカリカリだけ、それも歯が弱いのかうまくものを口に入れることができず、カリカリはほとんど床へ。数週間経ってもほとんど成長せず、心配した店主は缶詰など柔らかいものを口まで運んだり、一日に十回もご飯をあげたりと文字通り手取り足取り愛情をたっぷり注ぎました。
江ノはそれに応えるように立派な成猫となり、毎日店主と一緒にお客さんをお迎えするようになりました。時にはお店のドア真横で、時には店主と一緒にレジカウンターで、時には自販機の上からこっそりと。くるお客さんみんなに可愛がられ、通学する小学生と遊び、十五年経った今はスーパーのまぐろをモリモリ食べる都会っ子になり、店主のベッドで枕を分け合って寝るようになりました!
時は二〇二一年、突然店主が亡くなり寂しそうな江ノ。常連さんたちが毎日店主の分までかわいがりに来てくれます。自分の名前がついた珈琲豆専門店「江ノ屋」もオープンしました。これからも二店舗の看板猫として頑張ってくれるでしょう!
